蘇生法は年々少しずつ変わってきています
それは一番助かる可能性と「死」の位置づけのためなのです
法律と倫理がすごくかかわっております
人の脳死をもって死とする・・・・ならばまだ臓器が死んでいなくても。逆に心臓が止まっていても脳が生きていたら。
脳の死の判定は難しく見極めの方法は脳に血液が送られなくなって、あるいは脳が血液を排出してしまっ状態なので、
前に交通事故で私が遭遇したのは頭蓋骨が割れて出血をしていました。おびただしい量ではありません。内臓から出血もしていました。ゲル化しそうなものです。
平野警察署の前でオートバイが人をはねたのでしょう。
オートバイは50m先のガードレールでこけました。
はねられた当事者はいびきをかいていました。機能停止状態に近いですが脳はまだ生きております。脳挫傷の疑いです。腕を骨折してもそれは全く二の次です。口の血液を採っても追加の血が出てきません。口のなかか唇の出血です。あと頭皮の裂傷。でも意識はありません。頭を動かすことがで来ません
心肺蘇生をしていいものかどうか・・・呼吸はしてますのでとりあえず現場保護で他の車が来ないように自分の車でバリケードを作って、近くの人に救急車と交通整理を一緒に頼みました。
結構機転がきくな~と思って、後でわかったのは夜勤の出勤したての警察官でした。私といっしょに誘導します
救急車の誘導などもしました。 バイクでこけた青年は見てすぐわかりました。胸を強打して肋骨と足首を骨折しているようでした。本人は苦しんでいましたが会話ができまして裂傷がなかったのでとりあえず向こうの人が死にそうやからと説明して次の救急車が来るまで我慢してもらいました。
念のため近くの人にAEDを言ったら女の人が「あります」と「使えますか」と聞くと「はい」というのですぐ持ってきてくださいとお願いしました。その人も婦人警官だったんですね。
あわただしいく張りつめた時間帯が・・・2代目の救急車が来て・・・・そのために大渋滞となった25号線での誘導がいまいちな婦人警官の誘導灯を一つ借りて誘導します。ほとんどが興味本位で見て通る車です。きっとタッチの差で私が10分後だったらやっぱり見て通る人になってました。
AEDは使いませんでいたが、その後警察に一緒に事情聴衆に行ってつらかったことが・・・
はねてしまった張本人は警察病院です。それで何とか家族の所在までをいろんな方法で調べます。個人情報はここでは重要になっているみたいです。
何も知らない双方の奥さんに事情を説明している警察の人。言葉を選んで、落ち着かせて、これは相当なしっかりした気持ちが大切なことを知りました。
一時間ほど経ってまた自分の見たままを話す時間が来まして・・・そんななかはねられた人が搬送先で亡くなったことがわかりました。
辛かったです。ああいうときぎりぎりどうすべきか・・・。頭がい骨陥没で脳動脈を圧迫していて脳死にすすんいたようです。私なりに精いっぱいやりましたが・・・本人酒を飲んでいて今まで一緒に負った知り合いが事故直後に「常やん、常やんやないか・・」声はかけましたが。お店のママさんも出てきて「今まで飲んでたんだ」と。信号に関係なく道を渡ったという証言と私の見た信号の変わり目の横断との食い違いに時間を費やしました。もう夜の12時です4時間以上経過しました。
蘇生術も誘導も緊急病院も、何がおこるか分からない事態に対応は厳しいと思います
裁判員制度が始まっています。もし自分がなったら困ると思います。目で実際に見ても見てるのは一部分ですから。いろんな証言がでたらもしかしたら・・・折衷案・・・に自分を持っていくかもしれません・・・。私は人は裁けないです・・・・。
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